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1(女) 恋は悲しい 雲仙の |
《蛇足》松竹の大作『君の名は』の完結編・第三部の主題歌。東京を軸に、佐渡、北海道、雲仙をめぐる希有のメロドラマは、やっと大団円を迎えることになります。
第三部の主題歌としては、佐田啓二と織井茂子がデュエットした『君は遥かな』のほかに、伊藤久男が歌った『忘れ得ぬ人』と『数寄屋橋エレジー』、淡島千景が歌った『綾の歌』があります。
映画の公開は昭和29年(1954)4月で、レコードのリリースは同年6月。
この年は、東宝の『七人の侍』『ゴジラ』、松竹大船撮影所の『二十四の瞳』という世界の映画史に残る名作も公開されましたが、最高の興行収入を得たのは『君の名は 第三部』でした。
この年の2月、マリリン・モンローが夫の野球選手ジョー・ディマジオと来日しました。彼らは何回か飛行機を乗り継いでやってきたのですが、後宮春樹はどんな方法で渡仏したのでしょう。昭和20年代にも、フランスへの乗り継ぎ便はあったのでしょうか。
船でスエズを通って行ったとすると、1か月近くかかったでしょうし、シベリア鉄道でも、数週間は要したでしょう。
真知子が春樹に会いに行こうとしても、そう簡単に行ける状況ではなく、まさに「君は遥かな」だったわけです。
しかし、この「遥かな」は、単に地理的な遠さだけを意味しているのではないと思います。相手が比較的近くにいたとしても、周囲の反対やら妨害、病気、決断できない状況などのためにいっしょになりにくい、といった事情も含んでいるのではないでしょうか。
一般的にいって、そうした制約や障害が多いほど、情熱は燃え上がり、激しい恋になりがちです。
周囲がみな賛成し、祝福してくれて、会いたくなればすぐに会え、地理的に離れていても、スカイプやらラインやらで顔を見ながら話ができ、数時間から10数時間も飛行機に乗れば直接相手に会える。これは恋というより、結婚か事実婚への普通のプロセスというべきでしょう。
情熱の総量は人ごとに決まっており、短期間で急激に燃やすか、長期にわたって少しずつ燃やすかが違うだけ。前者が恋であり、多くの場合、破綻するか、燃え尽きて終了します。後者は破局しにくいものの、恋とは違うような気がします。
そこで私はあえていいましょう、「破れない恋は恋ではない。何の障害もなく結ばれる男女の交わりは、波長の長い感情の交流にすぎない」と。
(上の写真は、真知子が勤める雲仙のホテルで病気になった徳枝〈浜口勝則の母〉が真知子の看病を受け、それまでの仕打ちを詫びる場面)。
(二木紘三)