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日本語詞:門馬直衛/堀内敬三
(日本語詞:門馬直衛) 1 美しき 黒い目よ 2 その瞳 見ざりせば 3 いつまでも 燃えさかり (日本語詞:堀内敬三) 1 黒い目 君の目よ (原詞1 イェヴヘン・パヴローヴィチ・フレビーンカ) (原詞2 フョードル・イヴァーノヴィチ・シャリャーピン) |
《蛇足》 わが国では、『黒い瞳』というタイトルでも知られています。同じロシア民謡の『黒い瞳の』とよくまちがわれます。
この曲は、ロマ音楽の影響を受けたロシア・ロマンスとして知られてきました。ロシア・ロマンスについては、『一週間』で少し触れていますが、ロシア風歌曲といったところでしょうか。
作曲者については信憑性の高い資料が見つかりませんでしたが、ナポレオンのロシア戦役の際にフランス軍楽隊の隊長だったフロリアン・ヘルマン(Florian Hermann)が作ったとする説が有力です。
1812年、ナポレオンは70万人の大軍でロシアに侵攻したものの、ロシア軍の焦土作戦に遭って惨敗、祖国に帰還できた者は2パーセントに満たなかったといわれます。フロリアン・ヘルマンも、おそらく戦死か餓死したと思われます。
彼が作った曲は2拍子の軍隊行進曲だったようですが、やがて3拍子のワルツで演奏されるようになり、さらにロマ音楽の影響を受けて、私たちが知る 『黒い目(瞳)』となりました。
なお、フロリアン・ヘルマンはフランス人とされていますが、ドイツ系とする説もあります。
このほかに、ドイツ系ロシア人のフョードル・ヘルマン(Foedor Hermann)が作ったとする説もあります。しかし、彼の経歴も作曲時期も不明です。
ところで、ヘルマンは、標準ロシア語では Германと書き、ゲルマンと発音されます。それがラテン文字表記ではHermannとなるのは、ウクライナ語やベラルーシ語では、Гは咽喉音のうちの声門音(発音記号は[ɦ])で発音されるからです。
この音は、咳払いするときにのどの奥から出すような音、すなわち日本語の「は、へ、ほ」に似た音になるので、Hermannと表記されるようになったようです。
作曲関係の情報がきわめて曖昧なのに対して、作詞の経緯や時期ははっきりしています。
ウクライナの詩人で作家のイェヴヘン・パヴローヴィチ・フレビーンカ(Yevhen Pavlovych Hrebinka 1812‐1848)――ロシア語ではエフゲーニィ・パヴローヴィチ・グリビョーンカ(Evgeny Pavlovich Grebyonka)――が書いたもの。
フレビーンカは、退役大佐の娘、マリア・ヴァシリヴニェ・ロステンベルグに会ったとき、一目で恋に落ち、その美しさを讃える3聯の詩をウクライナ語で書きました。彼はその詩を自らロシア語に訳して、『文芸新聞(Literaturnaya Gazeta)』に投稿、1843年1月17日号に掲載されました。
翌年2人は結婚しましたが、フレビーンカは1848年12月3日、結核のため亡くなってしまいました。わずか36年の生涯、4年弱の結婚生活でした。
その約半世紀後、ロシアの高名なバス歌手、フョードル・イヴァーノヴィチ・シャリャーピン(Foedor or Fyodor Ivanovich Chaliapin 1873-1938)が、フレビーンカの詩を下敷きにして5聯の歌詞を作り、自分のレパートリーに加えました。
彼はそれをイタリアのバレリーナ、イオーレ・トルナーギに捧げ、2人はのちに結婚しました。上の写真はシャリャーピン夫妻です。
余談ですが、シャリャーピンの名は、シャリアピン・ステーキの創始者として多くの日本人に記憶されています。
昭和11年(1936)に彼が来日した折、柔らかいステーキが食べたいという彼の希望に応じて帝国ホテルの料理長が考案したもので、簡単にいえば牛肉のマリネステーキです。日本以外ではほとんど知られていないので、外国のレストランで「シャリアピン・ステーキを」と注文しても通じないようです。
2つの詩の英訳を挙げておきましょう。
(フレビーンカ版)
1. Black eyes, passionate eyes,
Burning and beautiful eyes!
How I love you, how I fear you,
It seems I met you in an unlucky hour!2. Oh, not for nothing are you darker than the deep!
I see mourning for my soul in you,
I see a triumphant flame in you:
A poor heart immolated in it.3. But I am not sad, I am not sorrowful,
My fate is soothing to me:
All that is best in life that God gave us,
In sacrifice I returned to the fiery eyes!(シャリャーピン版)
1. Dark eyes, burning eyes
Passionate and splendid eyes
How I love you, How I fear you
Truly, I saw you at a sinister hour2. Dark eyes, flaming eyes
They implore me into faraway lands
Where love reigns, where peace reigns
Where there is no suffering, where war is forbidden3. Dark eyes, burning eyes
Passionate and splendid eyes
I love you so, I fear you so
Truly, I saw you at a sinister hour4. If I hadn't met you, I wouldn't be suffering so
I would have lived my life smiling
You have ruined me, dark eyes
You have taken my happiness away forever5. Dark eyes, burning eyes
Passionate and splendid eyes
I love you so, I fear you so
Truly, I saw you at a sinister hour
私感ですが、これらの詩に描かれたような神秘的で情熱的な瞳に出会い、恋に落ちた場合、その人と結婚するというのはどうなんでしょう。
憧れは実態を知らないことから生まれるといいます。結婚して生活をともにするうちに、黒い瞳の衝撃力は消えてしまうのではないでしょうか。ドストエフスキーも、「人間は何にでも慣れる動物である」といっています。
恋に落ちてもあえて抑制し続ける、または告白して手痛い失恋を被る――これによって、神秘的で情熱的な瞳の記憶は永く、ときには一生保たれるのではないかと思います。
このやや哀調を帯びた官能的なメロディが世界に知られるようになったのは、アルフレッド・ハウゼが自作のコンチネンタルタンゴ『黒い瞳』のなかにこのメロディを取り入れて演奏してからだと思われます。
また、ルイ・アームストロングは、映画『グレン・ミラー物語』のなかで『オチ・チョー・ニ・ヤ(黒い瞳)』というタイトルで、トランペットを吹き、かつ歌っています。
スペインの歌手、フリオ・イグレシアスは『黒い瞳のナタリー』というタイトルで情熱的に歌い、70年代から80年代にかけて世界的な大ヒットを飛ばしました。
(二木紘三)」
(「蛇足」を全面的に書き直したので、再アップロードしました。そのため、以前にご投稿いただいたコメントとの日付がずれています。mp3は10数年前に作ったもので、おかしなところがあるため、近々作り直す予定です)。