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Channel: 二木紘三のうた物語
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黒い目(黒い瞳)

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(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作曲:ヘルマン、作詞:フレビーンカ/シャリャーピン、
日本語詞:門馬直衛/堀内敬三

(日本語詞:門馬直衛)

1 美しき 黒い目よ
  燃えたてる 君が目よ
  こがれては 忘れえぬ
  わが君の 黒い目

2 その瞳 見ざりせば
  のどかにも 暮らせしを
  なやましき 黒い目よ
  わが幸を うばいぬ

3 いつまでも 燃えさかり
  消え去りぬ 黒い目よ
  わが生命(いのち)絶ゆるごと
  くるおしき 黒い目


(日本語詞:堀内敬三)

1 黒い目 君の目よ
  狂おしく 燃える目よ
  いつまでも まぼろしに
  うかぶのは 黒い目よ

2 あの日の あの夜の
  悲しさよ くるしさよ
  呪われた 愛情は
  飢えていた 燃えていた

3 いつまでも まぼろしに
  浮かぶのは 黒い目よ
  このいのちを かけた恋
  忘れ得ぬ 黒い目よ


(原詞1 イェヴヘン・パヴローヴィチ・フレビーンカ)
1. Очи чёрные, очи страстные,
    Очи жгучие и прекрасные!
    Как люблю я вас, как боюсь я вас!
    Знать, увидел вас я в недобрый час!

2. Ох, недаром вы глубины темней!
    Вижу траур в вас по душе моей,
    Вижу пламя в вас я победное:
    Сожжено на нём сердце бедное.

3. Но не грустен я, не печален я,
    Утешительна мне судьба моя:
    Всё, что лучшего в жизни Бог дал нам,
    В жертву отдал я огневым глазам!


(原詞2 フョードル・イヴァーノヴィチ・シャリャーピン)
1. Очи чёрные, очи жгучие,
    Очи страстные и прекрасные,
    Как люблю я вас, как боюсь я вас,
    Знать увидел вас я не в добрый час.

2. Очи чёрные, очи пламенны
    И мaнят они в страны дальные,
    Где царит любовь, где царит покой,
    Где страданья нет, где вражды запрет.

3. Очи чёрные, очи жгучие,
    Очи страстные и прекрасные,
    Как люблю я вас, как боюсь я вас,
    Знать увидел вас я не в добрый час.

4. Не встречал бы вас, не страдал бы так,
    Я бы прожил жизнь улыбаючись,
    Вы сгубили меня очи чёрные
    Унесли на век моё счастье.

5. Очи чёрные, очи жгучие,
    Очи страстные и прекрасные,
    Как люблю я вас, как боюсь я вас,
    Знать увидел вас я не в добрый час.

《蛇足》 わが国では、『黒い瞳』というタイトルでも知られています。同じロシア民謡の『黒い瞳の』とよくまちがわれます。

 この曲は、ロマ音楽の影響を受けたロシア・ロマンスとして知られてきました。ロシア・ロマンスについては、『一週間』で少し触れていますが、ロシア風歌曲といったところでしょうか。

 作曲者については信憑性の高い資料が見つかりませんでしたが、ナポレオンロシア戦役の際にフランス軍楽隊の隊長だったフロリアン・ヘルマン(Florian Hermann)が作ったとする説が有力です。

 1812年、ナポレオンは70万人の大軍でロシアに侵攻したものの、ロシア軍の焦土作戦に遭って惨敗、祖国に帰還できた者は2パーセントに満たなかったといわれます。フロリアン・ヘルマンも、おそらく戦死か餓死したと思われます。

 彼が作った曲は2拍子の軍隊行進曲だったようですが、やがて3拍子のワルツで演奏されるようになり、さらにロマ音楽の影響を受けて、私たちが知る 『黒い目(瞳)となりました。
 なお、フロリアン・ヘルマンはフランス人とされていますが、ドイツ系とする説もあります。

 このほかに、ドイツ系ロシア人のフョードル・ヘルマン(Foedor Hermann)が作ったとする説もあります。しかし、彼の経歴も作曲時期も不明です。

 ところで、ヘルマンは、標準ロシア語では Германと書き、ゲルマンと発音されます。それがラテン文字表記ではHermannとなるのは、ウクライナ語やベラルーシ語では、Гは咽喉音のうちの声門音(発音記号は[ɦ])で発音されるからです。
 この音は、咳払いするときにのどの奥から出すような音、すなわち日本語の「は、へ、ほ」に似た音になるので、Hermannと表記されるようになったようです。

 作曲関係の情報がきわめて曖昧なのに対して、作詞の経緯や時期ははっきりしています。
 ウクライナの詩人で作家のイェヴヘン・パヴローヴィチ・フレビーンカ
(Yevhen Pavlovych Hrebinka 1812‐1848)――ロシア語ではエフゲーニィ・パヴローヴィチ・グリビョーンカ(Evgeny Pavlovich Grebyonka)――が書いたもの。

 フレビーンカは、退役大佐の娘、マリア・ヴァシリヴニェ・ロステンベルグに会ったとき、一目で恋に落ち、その美しさを讃える3聯の詩をウクライナ語で書きました。彼はその詩を自らロシア語に訳して、『文芸新聞(Literaturnaya Gazeta)』に投稿、1843年1月17日号に掲載されました。
 翌年2人は結婚しましたが、フレビーンカは1848年12月3日、結核のため亡くなってしまいました。わずか36年の生涯、4年弱の結婚生活でした。

 その約半世紀後、ロシアの高名なバス歌手、フョードル・イヴァーノヴィチ・シャリャーピン(Foedor or Fyodor Ivanovich Chaliapin 1873-1938)が、フレビーンカの詩を下敷きにして5聯の歌詞を作り、自分のレパートリーに加えました。
 彼はそれをイタリアのバレリーナ、イオーレ・トルナーギに捧げ、2人はのちに結婚しました。上の写真は
シャリャーピン夫妻です。

 余談ですが、シャリャーピンの名は、シャリアピン・ステーキの創始者として多くの日本人に記憶されています。
 昭和11年
(1936)に彼が来日した折、柔らかいステーキが食べたいという彼の希望に応じて帝国ホテルの料理長が考案したもので、簡単にいえば牛肉のマリネステーキです。日本以外ではほとんど知られていないので、外国のレストランで「シャリアピン・ステーキを」と注文しても通じないようです。

 2つの詩の英訳を挙げておきましょう。

(フレビーンカ版)
1. Black eyes, passionate eyes,
   Burning and beautiful eyes!
   How I love you, how I fear you,
   It seems I met you in an unlucky hour!

2. Oh, not for nothing are you darker than the deep!
   I see mourning for my soul in you,
   I see a triumphant flame in you:
   A poor heart immolated in it.

3. But I am not sad, I am not sorrowful,
   My fate is soothing to me:
   All that is best in life that God gave us,
   In sacrifice I returned to the fiery eyes!


(シャリャーピン版)
1. Dark eyes, burning eyes
   Passionate and splendid eyes
   How I love you, How I fear you
   Truly, I saw you at a sinister hour

2. Dark eyes, flaming eyes
   They implore me into faraway lands
   Where love reigns, where peace reigns
   Where there is no suffering, where war is forbidden

3. Dark eyes, burning eyes
   Passionate and splendid eyes
   I love you so, I fear you so
   Truly, I saw you at a sinister hour

4. If I hadn't met you, I wouldn't be suffering so
   I would have lived my life smiling
   You have ruined me, dark eyes
   You have taken my happiness away forever

5. Dark eyes, burning eyes
   Passionate and splendid eyes
   I love you so, I fear you so
   Truly, I saw you at a sinister hour

 

 私感ですが、これらの詩に描かれたような神秘的で情熱的な瞳に出会い、恋に落ちた場合、その人と結婚するというのはどうなんでしょう。
 憧れは実態を知らないことから生まれるといいます。結婚して生活をともにするうちに、黒い瞳の衝撃力は消えてしまうのではないでしょうか。ドストエフスキーも、「人間は何にでも慣れる動物である」といっています。
 恋に落ちてもあえて抑制し続ける、または告白して手痛い失恋を被る――これによって、神秘的で情熱的な瞳の記憶は永く、ときには一生保たれるのではないかと思います。

 このやや哀調を帯びた官能的なメロディが世界に知られるようになったのは、アルフレッド・ハウゼが自作のコンチネンタルタンゴ『黒い瞳』のなかにこのメロディを取り入れて演奏してからだと思われます。

 また、ルイ・アームストロングは、映画『グレン・ミラー物語』のなかで『オチ・チョー・ニ・ヤ(黒い瞳)』というタイトルで、トランペットを吹き、かつ歌っています。
 スペインの歌手、フリオ・イグレシアスは『黒い瞳のナタリー』というタイトルで情熱的に歌い、70年代から80年代にかけて世界的な大ヒットを飛ばしました。

(二木紘三)」

(「蛇足」を全面的に書き直したので、再アップロードしました。そのため、以前にご投稿いただいたコメントとの日付がずれています。mp3は10数年前に作ったもので、おかしなところがあるため、近々作り直す予定です)。


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