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Channel: 二木紘三のうた物語
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少年の秋

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(C)Arranged by FUTATSUGI Kozo


作詞・補作詞:佐藤春夫、作曲:渡久地政信、唄:三浦洸一

1 わがふるさとの南国も
  祭すぎての夕風は
  肌ここちよい秋袷(あきあわせ)
  君が窓の灯(ひ)なつかしく
  口笛吹いて行きかえり

2 眼はきよらかに色白の
  おさななじみは丈(たけ)のびて
  御船祭(みふねまつり)の行きずりに
  もの云いかけたおもかげを
  慕わしとする少年の

3 君とその兄さそい来て
  王子ガ浜に月を見る
  心たのしいひと時も
  湧くもどかしさ紛らすと
  月夜の海に石投げて

4 熊野の川に遊びては
  水掛けあいし戯(たわむ)れの
  おさなきころの無邪気な日
  みかんの花が咲いていた
  甘く酸っぱい思い出よ

5 離郷のときに別れにと
  君にもらいしお守りも
  今では悲し初恋の
  淡き思いの心かよ
  紀南の郷(さと)の秋のこと

《蛇足》 NHKラジオ歌謡の1つで、昭和34年(1959)11月9日から6日間放送されました。
 作詞は詩人の佐藤春夫。佐藤春夫の詩に曲をつけた歌曲はいくつかありますが、注文を受けて大衆歌謡の歌詞を書いたのは、この曲が最初で最後ではないかと思います。未確認ですが。

 この作詞をしたいきさつについて、佐藤春夫は、『詩の本』(昭和35年〈1960〉、有信堂発行)収録の『少年と秋―歌謡と唱歌』と題する短文で、次のように語っています。以下、原文を現代仮名遣いに直して記載します。
 なお、
『定本 佐藤春夫全集第2巻』(臨川書店)巻末の解題によると、この文章は『詩の本』のために新たに書き下ろしたもののようです。

 NHKの人が来て相なるべくは口語で歌謡を一つ書け、歌う時間の関係で、五行二聯の長さが適当だという。
 十月中ごろに歌う予定で、テーマはわが旧作「少年の日」のようなものが好もしいと聞いたので、それではと「少年の日」のなかの秋の一聯

    君が瞳はつぶらにて
    君が心は知りがたし
    君をはなれてただひとり
    月夜の海に石を投ぐ

 というものを歌謡体に歌い直してみることにして「少年の秋」という題を設けた。「少年の日」のなかの四行に歌謡らしい水を増してみるのである。詩情はおのずと淡くなろうが、わかりよく一般に親しまれる趣をと心がけて初恋の歌というようなものを試みたものである。
 歌謡には何よりも歌い出しの一句が大切と聞き及んでいるが、こんなことではどうであろうか。

(ここに作った歌詞、すなわち上の1~3番が入る。1番3行目の秋袷が初袷になっていますが、これは著者の勘違いだろうと思われます)

 これで詩と歌謡との説明しがたい微妙な区別がわかってもらえたらうれしい。

 (以下省略)。

 歌詞は当初3聯でしたが、詩人自身により2聯つけ加えられました。この補作詞がNHKの依頼によるものか、詩人の意思によるものかは不明です。
 しかし、2聯、とくに第5聯の追加によって、魂のふるさとともいうべき少年時代への懐旧の思いが一段と強まっています。
 大衆向け歌謡ということで、高踏派的性格は抑えられていますが、それでも何か所かそうした傾向を感じさせる表現があり、それがこの歌の格調を高めています。

 この歌は佐藤春夫が生まれ育った紀州・新宮を舞台としていますが、少年時代をどこで過ごしたかに関わりなく、「昔少年」の胸を熱く揺さぶるのではないでしょうか。
 佐藤春夫が少年期を送った明治30~40年代と、私の少年期の昭和20年代とは、時代が大幅に違いますし、
生まれ育った場所の地形や環境もずいぶん異なっています。
 にもかかわらず、幼友達と野山をのたくり遊んだ日々や同級の美少女に心を躍らせたことなどは同じです。

 TBSラジオの長寿番組だった『小沢昭一の小沢昭一的こころ』で、小沢昭一が「夕方、好きな女の子の家の窓明かりを見るだけで胸がどきどきした」と語っていたことを思い出します。小沢昭一は、生まれも育ちも東京です。

 渡久地政信の曲がまたすばらしい。洗練された短調のメロディーは、少年時代への追憶の思いを倍加させ、初恋とはいえないほどの少女へのほのかな憧憬を思い起こさせます。

 不思議なのは、歌詞・曲ともすばらしいこの歌が人びとの記憶の網からすっぽり抜け落ちていることです。昭和2,30年代にヒットしたラジオ歌謡やラジオ歌謡ではない抒情歌は、何人かの歌手によってカバーされています。
 それらに勝るとも劣らないこの曲は、ざっと検索してみたところでは、だれもカバーしていません
(平成28年7月18日現在)。この名曲に光を当ててくれる歌手はいないのでしょうか。

 ところで、佐藤春夫の少年時代は、自伝的小説『わんぱく時代』に生き生きと描かれています。自伝ではなく、自伝的小説なので、かなりの虚構が入っているようですが、新宮時代の佐藤春夫の生活をうかがい知ることできます。
 児童向け文芸全集の偕成社文庫に入っていますが、児童向けに書かれた小説ではありません。
 昭和32年
(1957)10月20日から朝日新聞の夕刊に144回にわたって連載された新聞小説です。文芸評論家の吉田精一は、「新聞小説としては、風変わりといってよいほど読者におあいそのないもので、それだけに気品のあるもの……」と評しています。

 この小説は、昭和61年(1986)に大林宣彦によって映画化されました。舞台を監督の故郷・尾道に移し、タイトルは『野ゆき山ゆき海べゆき』となっていました。このタイトルは、『少年の秋』の発想源となった詩『少年の日』の冒頭の1句から取ったものです。そこで、最後にこの名詩を挙げておきましょう。

    少年の日

     1

野ゆき山ゆき海邊ゆき
眞ひるの丘べ花を敷き
つぶら瞳の君ゆゑに
うれひは靑し空よりも。

     2

影おほき林をたどり
夢ふかきみ瞳を戀ひ
あたたかき眞晝(まひる)の丘べ
花を敷き、あはれ若き日。

     3

君が瞳はつぶらにて
君が心は知りがたし。
君をはなれて唯ひとり
月夜の海に石を投ぐ。

     4

君は夜な夜な毛糸編む
銀の編み棒に編む糸は
かぐろなる糸あかき糸
そのラムプ敷き誰(た)がものぞ。

(二木紘三)


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