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1 空にさえずる 鳥の声 3 うす墨ひける 四方(よも)の山 |
《蛇足》日本で最初のワルツといわれています。
明治35年(1902)、佐世保鎮守府(させぼちんじゅふ)に勤務する将校たちの子女教育のために、私立・佐世保女学校(長崎県立佐世保北高等学校の前身)が開設されました。鎮守府は海軍の根拠地。
同校の校長は、当時佐世保鎮守府の軍楽長を務めていた田中穂積(ほずみ)に音楽教師就任を要請、受諾した田中穂積が教材用に作曲したのが、『美しき天然(下記注参照)』です。
詞は、『花』(春のうららの隅田川……)の作詞者として今日まで名が伝わっている武島羽衣。田中は、小山左文二・武島又次郎が著した普及舎刊『新編 國語讀本 高等小學校兒童用巻二』(明治34年6月28日発行)で、この詞を知ったようです。
武島作詞・田中作曲のこの作品は、樂友社の雑誌『音楽』8巻6号(明治38年〈1905〉10月10日発行)に掲載されたこと、および海軍の催しでよく演奏されたことから、広く国民に知られるようになりました。
昭和20年代初めまでは、音楽教科書にも載りました。
とくに無声映画上映時の小楽団やチンドン屋、サーカスの呼び込み等の演奏で頻繁に使われ、ジンタとして庶民には親しまれました。
ジンタは、ワルツやポルカ、行進曲など欧米音楽の演奏がジンタッタ、ジンタッタと聞こえたことから遣われるようになった言葉です。
戦後も、昭和3、40年代ぐらいまでは、チンドン屋の演奏で耳にすることがよくありましたが、現在ではその数も激減し、この曲を懐かしく思う世代も消えつつあります。
歌詞について少し。3番にある「横がすみ」は、辞書には「横にたなびく霞」としか出ていませんが、私は、この歌では「遠くに見える満開の桜並木、もしくは横に広がった桜の森」だろうと思います。
その根拠は、横がすみにかかっている「くれない匂う」という修飾句。「匂う」は、『朧月夜』や『夏は来ぬ』でも述べましたが、「匂いや香りがする」ではなく、「鮮やかに映えている」という意味。
ドイツ民謡のメロディに日本語詞をつけた『霞か雲か』でも、「かすみか雲か/はた雪か/とばかり匂う/その花ざかり」と謳っています。
同じく3番の「うつしえ(写し絵)」は幻灯機、すなわちスライド映写機のこと。幻灯機は、1671年にドイツ人のA.キルヒャーが発明したもので、日本にはオランダとの交易を通じて伝わりました。
西欧の幻灯機は、静止画を映すだけのものでしたが、日本では三笑亭都楽(本名:亀屋熊吉)が画像が動くように工夫し、説経節・義太夫節や口上をつけて芝居風に上映しました。
動くといっても、今のアニメのように動くわけではなく、画像の位置が移動するだけでしたが、「描いた絵が動くとはキリシタン・バテレンの魔術ではないか」と江戸庶民を驚かせ、熱狂させたといいます。
明治20年代までは、盛んに上映されましたが、無声映画が入ってくると衰退しました。といっても、まるっきり消えてしまったわけではなく、私の子どものころ(昭和20年代)には、子供会などでよく上映されました。
今日でも、マイクロソフト・パワーポイントで作ったプレゼン用のスライドも、ハードやソフトが上等になっただけで、幻灯機の進化版にすぎないといっていいでしょう。
(注)この曲のアップロード時には、『美しき天然』に「うるわ(しき)」とルビを振りましたが、各種文献には「うつく(しき)」と「うるわ(しき)」の2種類があり、「うつく(しき)」のほうが優勢であること、およびJASRACのデータベースには「うつく(しき)」で登録されていることから、「うつく(しき)」を正題と改めます。(2016-12-03)
(二木紘三)